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リストマーク 19.3kmに詰まった120年の歴史・JR武豊線【武豊港駅跡編】 

2010年06月24日 ()
今回は武豊線の歴史を訪ねて回るレポ第3弾です!(※ただし車でw)


武豊駅(クリックで拡大/解除)








武豊駅
(クリックで拡大/解除)

JR東海・武豊線は大府~武豊間を結ぶ19.3kmの路線。
写真の武豊駅が終点で、その先の線路は途切れてます。

しかしながら、実は1915(大正4)年~1965(昭和40年)年の50年間、約1kmほど線路が伸びていて、その先には武豊港駅という貨物専用の駅があったのです!
(※ただし、正式な開業は1930(昭和5)年)


・・・というわけで、べるく的にはまだ珍しいジャンル「廃線探訪」の回ですよー!

ちなみに、前々回は明治時代の駅舎、前回は明治時代の跨線橋と古い建物を見てきましたが、武豊駅も新しそうに見えて大正11(1922)年建築と、割と古い駅舎だったりします。


【関連リンク(■)・これまでの記事・関連過去記事(□)】
JR東海公式サイト
武豊線-Wikipedia
中日新聞・鉄道特集「武豊線の歴史、今も… 日本最古の跨線橋現役」(2010.1.12)
速報! JR武豊線が電車になるって! その他最近のJR東海ネタなど(2010.3.19)
19.3kmに詰まった120年の歴史・JR武豊線【亀崎駅編】(2010.6.13)
19.3kmに詰まった120年の歴史・JR武豊線【半田駅編】(2010.6.18)



とりあえず、まずは簡単に地図を貼り付けて、おおまかにご説明を。


地図を見ていただきますと、武豊駅から南に向かって道路があり、それがゆったりと東へ曲線を描いて、国道247号と交差します。そしてその交差点付近が、武豊港駅跡のようです。
この曲線が実に線路跡くさいですねw

では、武豊駅から南へ向かってみることにしましょう!


県道72号との交差(クリックで拡大/解除)さて、武豊駅を少し離れると県道72号が直角に曲がって交差しています。
この県道手前までが武豊駅の構内で、県道の向こう側、フェンスのあるところから廃線跡になります。

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堀川橋梁跡(クリックで拡大/解除)そしてその先をちょっと行くと、堀川橋梁跡があります。
武豊町内しか流れない、わずか3.1kmの堀川をここで跨いでいましたが、現在はもちろん撤去されてます。
そしてその橋桁が何故か武豊駅構内にあるそうで、なぜ処分されずに残っているのかは不明w

(クリックで拡大/解除)


「あるそうで」というのは後から知ったからなんですが、そう言われると謎の巨大鉄骨みたいなのを見てました。
ところで、橋台がコンクリートで割と新しいように見えるので、1回ぐらいは架け替えをしているような気もしますが、どうなんでしょ?


日本油脂貨物ヤード付近(クリックで拡大/解除)さて、こちらはその反対側の橋台ですが、バラスト(でっかい砂利みたいなの)が少し残ってますね。

ちなみに写真奥の工場は日本油脂という会社の工場ですが、ここから同社の武豊工場まで繋がっていた引込み線が昔あったようで、堀川を越えたこの辺りが操車場だったみたいです。

(クリックで拡大/解除)


その引込み線、割と廃線跡としていい感じに残っているそうなんですが、貨物の引込み線を調べ始めると数も多そうだし際限なくなりそう(=どっぷりハマりそう)で怖いですw

なお、この辺りの跡地は「JR東海管理地」として、東海様がしっかりと保有しております。


線路跡の公園(クリックで拡大/解除)しばらくこんな具合に藪と化した廃線跡が続くのかなと思いきや、なんと廃線跡が公園として整備されてるじゃありませんか!

ここには桜が植えられていて、線路跡の第2の人生に彩を添えてくれています。

写真をよく見ていただくと、真ん中が円形になってて、線路跡と垂直になってる線が引いてありますよね?
この形、後から重要になってきますので、しっかり覚えといてくださいw

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それにしても、ここまでやるんだったら、さっきの川を越えたあたりぐらいから全部整備しちゃえばいいのに。
武豊町にお金が無かったのかな・・・と思ったら、武豊町は地方交付税不交付団体でした(pdfファイル注意・総務省報道資料H21年度)。
つまり財政は悪くない、と。そりゃ埋立地に工場やら発電所やらたくさん誘致してるしw
なので、この公園の中途半端さは謎。

それにしても、愛知県の不交付団体数がダントツで一位(東京は23特別区が特殊な位置づけなので入ってない)っていうのがなんとも。しかも去年ってもろにリーマンショックのあおりを受けて、税収も減ってる頃のはずなのに。
やっぱりTヨタ様様なんですね、分かります。


後田ポケットパーク(クリックで拡大/解除)余談は置いといて、何故かその公園には駅名標らしき看板がありました。
一応「後田ポケットパーク」という名前があるんだそうです。

というか、どう見てもJR東海様のものです。本当に(ry

(クリックで拡大/解除)



さて、この公園を過ぎると線路跡には建物が建ってしまい、更にその先も道路に転用されているようなので特に目立ったものもなく、スルーしてしまいましたw


線路跡の道路(クリックで拡大/解除)その公園を過ぎて左にカーブした先が、こんな感じの場所。
完全に道路と化しています。

その公園から少し低めの丘のようになっていて、武豊港側からも少し登っている様子が伺えます。
当時は掘割にしていたらしいんですが・・・詳しくは不明。

(クリックで拡大/解除)



里中交差点付近(クリックで拡大/解除)上の写真の反対、武豊港側へ目を向けてみると、国道247号との交差点がありまして、その辺りが武豊港駅跡です。
武豊線は元々、武豊の港から資材を運ぶための路線として造られた・・・と前に書いた気がしますが、現在も武豊は港湾地帯(今は周辺自治体と共に衣浦港)として、写真のように工場や鉄塔が立ち並んでます。

(クリックで拡大/解除)



そして最後の見所は、この武豊港駅跡にあった!

里中交差点・武豊港駅跡付近(クリックで拡大/解除)武豊港駅跡と言いつつも、実はそれらしいものはほとんどありません。「あるもの」を除いて。
その「あるもの」を中心として、腕木式信号機や手動ポイント切替なども置かれた公園として整備されています。

そして相変わらず東海様の影響をモロに受けてる駅名標もどきも存在しますw
(クリックで拡大/解除)



さて、写真の一番手前にある看板には「回転ポッポ台」とあります。
これが、さっきの「あるもの」なんです。
鉄な方ならすぐ分かるかな?


転車台(クリックで拡大/解除)そう! 実はここには転車台が保存されているのです!

先ほどの後田ポケットパークの整備された遊歩道に描かれていた円形の模様は、この転車台をモチーフにしていたんです。

(※転車台とは:Wikipedia)

(クリックで拡大/解除)

愛知県公式サイト内の文化財ナビ愛知によれば、『開業当初から木造の転車台が架設されているが、その後の消息は定かでない。なお、この転車台は昭和2年(1927)に設置されたものである。』とのこと。
結構こちらのページに詳しく載ってるので、ご参考にぜひご覧ください。

貨車用だったために規模は小さいですが、この2つの線路が直角に交差する「直角二線式転車台」というタイプが現存するのは、日本でもここだけらしいです。
1999(平成11)年に、地元の小学生が総合学習で町の歴史を調べている際に発見したそうで、その後彼らが町に掛けあったりして、2002(平成14)年に町が修復を完了したとのこと。
その後、2009年1月に国の登録有形文化財に指定されています!
(※中日新聞Web版・2008年12月13日付記事に修復途中の写真があります)


ちなみに表面に半分だけ木の枠があって、半分は下が見えるように配慮がされていますw
下にはレールと車輪があって、真ん中を軸に人力で動かすことができるようになってたんですね。
貨車(主にタンク車だったようですが)を人がせっせと回して、送り込んでいく様子が目に浮かびます。


記念碑(クリックで拡大/解除)こちらは記念碑。
碑には「武豊停車場跡地」とありますが、元々の武豊駅はここにあって、その後1892(明治25)年に現在の位置へ移動したものの、しばらくして旧・武豊駅が武豊港駅として開業した・・・といった経緯が書いてあります。

(クリックで拡大/解除)

というわけで、武豊線廃線区間探訪はここまで。
それにしてもこの記念碑、開業100周年記念と書いてあるので1986(昭和61)年の建立だと思うんですが、妙に綺麗。修復の際に移設したのかな?


醸造業を営むおうちの外観(クリックで拡大/解除)ところで、ミツカン本社のある半田もそうですが、武豊も昔から味噌、しょうゆなど醸造業が盛んで、現在は数を減らしましたが、今もこの武豊港駅跡の辺りに醸造を営む会社が集まっています。
そしてそれらの建物が、黒塗りやレンガ造りなど昔ながらの雰囲気を残しているんですよ!
4つほど上の写真にも黒塗りの蔵みたいなものが写っていますし、この写真のようにレンガ造りに草木が多い茂った様子なんかもあって、逆その古さが逆に新鮮な印象を与えてくれます。
駅があった頃の風景が見てみたいなぁと思いました。

(クリックで拡大/解除)




さて、長々となってしまって申し訳ありません(苦笑)
これでましたが、たった1kmほどの廃線跡でも意外と記事になる結構色々と見所があるというか、探してみれば身近にも色んなものがあるんだな、と思いました。

最近家でゴロゴロすることも増えたんですが、やっぱり外に出て英気を養うのが一番!
身体の休息も大事ですが、心のリフレッシュのために色んなとこに出かけるほうが個人的に大事だと思いますw
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[2010.06.24(Thu) 12:28] 東海地区の鉄道関連 | Trackback(-) | Comment(-)
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