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リストマーク 豊川市は宝飯郡を消滅させた! 

Hilcrhymeの「春夏秋冬」って曲、歌詞は陳腐だしヒネリも無いし単純のレベル超えてるけど、何故か共感する…。>挨拶
今は一人で新しい景色を探しているべるくです。
「買ったナビきっかけにどこでも行ったね 色んな所を知ったね」…これは自分もそうだったなぁw

おっと、最近すぐ湿っぽくなっちまう…こんなんじゃいかん!(`・ω・´)
今回は、ここんとこ北陸ネタばかりでは東三河人として申し訳が立たないので、閑話がてら久しぶりに地元ネタ!!


豊川市小坂井庁舎(クリックで拡大/解除)(クリックで拡大/解除)
こちらは豊川市小坂井庁舎。
そう、今年2月1日、宝飯郡小坂井町は豊川市へ編入合併したのです。
紆余曲折ありましたが、やっとやっとの合併ですね!

そういえば、西加茂郡三好町も、1月に市制施行でみよし市になってましたね。
徳島の三好市があったせいで、愛知県初のひらがな自治体に成り下がってしまってかわいそうです…(徳島に失礼です)

あれ? ということはですよ?

zetsuboushita!.jpg
消滅した!
宝飯郡(と、ついでに西加茂郡)が消滅した!

地元・宝飯郡は「ほいぐん」と読み、古には「ほいのこおり」と読まれていたそうですが、難読なこの読みには少なからず愛着があっただけに残念です。
というわけで、宝飯郡は豊川市(東宝地域)と蒲郡市(西宝地域)によって纏まったのでありました。ちゃんちゃん。

…しかし絶望先生を使うのも旬を完全に過ぎてるなぁ(苦笑)

早い仕事、ゆっくりな仕事(クリックで拡大/解除)(クリックで拡大/解除)
こちらは庁舎前交差点(右)とその近くにあった看板(左)。
要所を案内する案内板は豊川市統一のものに既に交換済み。豊川市仕事早ぇ…
一方の交差点名はまだ小坂井町役場前のままでした。そのうち小坂井庁舎前に変わるのかな?


旧豊川市と旧小坂井町との境(クリックで拡大/解除)(クリックで拡大/解除)
こちらは、旧東海道兼旧国道1号(現県道496号)上にあった、旧豊川市と旧小坂井町との境界案内板跡。(場所はこちら
こちらも仕事は早いですが、あくまで外しただけの即席w

そしてこの合併により、豊川市は東三河の交通の要衝としての地位を確立し、更なる飛躍をすることになるのかもしれませんね。
豊橋負けそう…(苦笑) 蒲郡は既に負けてる…

【関連リンク(■)・関連過去記事(□)】
豊川市ホームページ
みよし市ホームページ
豊川市は港を手に入れた!(2008.3.4):豊川市が宝飯郡御津町・音羽町と合併した時の話


【ここからはべるくの大好きな地名論議に入りますw】
(※内容がとてもひとりよがりなので、読みたい人だけ読んでね☆)

さて、今回の合併で小坂井町の名は消え、大字がそのまま町名になりました。一宮・音羽と同じ方式ですね。
前回の音羽・御津合併の時は、小学校の配置から住民の帰属意識を推測し、合併時の住所表示の違いを考えました。(音羽→各大字、御津→北部・南部)
その論理ですと、東・西という小学校の配置から、小坂井も御津同様、小坂井町の名前を残すことになるのですが…
今回はその論理は通用しません。

というわけで、べるく的小坂井町の名前が消えた理由の考察!

・元々小坂井村になる(1906年)前は、伊奈村と豊秋村(更にその前は小坂井・平井・宿・篠束の各村)だったから、小坂井という名前に執着がない
・どうせ小坂井の名前は大字を町名にしても最終的に残る
・西小は伊奈地域、東小は豊秋地域と、ほぼ位置関係が固定できているので、東西は関係ない
・名鉄伊奈駅があるので、伊奈だけでも名が通っている(伊奈のパワーバランスが強い)



う~ん、こんなところでしょうか。異論反論大歓迎ですよw

あ、あと「御津」は町村制施行の1889年から使われてて、かつ出典が風土記で由緒があるのに対し、「音羽」は1955年と戦後の合併だった上に川の名前から取ったので、その辺のこだわりも無意識にありそうです。

それと、駅の配置も帰属意識と結びつくかな?
御津町は御油(愛知御津)駅だけでしたが、音羽町の名電赤坂、名電長沢、小坂井町の小坂井、伊奈、一宮町の長山、東上、江島は全て大字(今の町)ですから、駅が大字にあることによる発展の違いもあるのかもしれませんね。


こういう具合に、合併前後の住所表記の変化を考えてみるのは、なかなか面白いですよ!ヽ(*´∀`)ノ
歩いて1時間ぐらいが地元だった時代から、交通の発展でその概念も広がってますし、逆にその中でも昔ながらの意識も残ってるでしょうからね。
関連記事
[2010.02.03(Wed) 12:47] 東三河地方の地元ネタTrackback(0) | Comments(0)
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