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リストマーク フィナーレを迎える佐久間レールパークに行ってきた【徒歩でダム編】 

2009年11月01日 ()
名松線が一部廃止になるかもという話らしいですね。>挨拶
(JR東海ニュースリリース:名松線の今後の輸送計画について
まだ名松線は未乗車なべるくです。今代行バスで行ったら完乗扱いになるのかな?(苦笑)


さあ尽きることのない佐久間レールパークネタですが、今回はちょっと駅を離れて、日本有数の大きさを誇る佐久間ダムまで行ってみることにしましょう!

人の少ない平日の中部天竜駅(クリックで拡大/解除)
というのも、訪問記第1回の【もっと頑張りましょう編】で平日に中部天竜に行った際、レールパークに入れない代わりに佐久間ダムまで歩いて行ったんですよw
片道約3kmということで、2時間程度のウォーキングなら時間的にも運動量的にもいいかなと思ったのです。それに自分は結構ダム好きなんでw

まあ鉄道からちょっと外れますが、しかし佐久間ダムと飯田線というのは切っても切れない関係ですし、ここは一つ余談と思って見ていただければ、なんて。
しかし、べるくの趣味の一つであるダムや道路などの土木建築ネタに完全に支配された内容になっておりますので、覚悟してけ!(苦笑)


(※写真は、10月21日(水・晴)と24日(土・曇)の二種類ありますが、まとめてます)
(※なお、今回の記事に関して、いつも見ている「山さ行がねが」様の静岡県道288号大嵐佐久間線を参考にさせていただきました)

■これまでの記事もっと頑張りましょう編リベンジ編1リベンジ編2
※開園してない平日に行ったのが「もっと頑張りましょう編」。リベンジ編は言わずもがな・・・

さて、中部天竜駅前を出発すると、交差点を曲がってすぐ、天竜川を渡る鉄橋に差し掛かります。

通称「B型鉄橋」(クリックで拡大/解除)
中部(なかっぺ)大橋:通称B型鉄橋と呼ばれるこの橋は、元々佐久間ダム建設の際の資材輸送線路のために造られたもので、中部天竜駅構内からセメントサイトがあったこの先の現・周波数変換所まで線路がありました。しかし、後で車道化することも考慮して造られたそうです。
今でも、アスファルトの下に線路跡らしき2本の線を見ることができます。

ちなみに銘板には、
電源開發(発)株式會(会)社
活荷重KS12圖(図)、あち277-1
株式會社横河橋梁製作所製作
昭和29年3月

(以下略)
とあります。佐久間ダムは発電用ダムなので、電源開発株式会社(愛称J-POWER)が今も昔も管理。
KS12というのは、蒸気機関車をベースにした国鉄時代の荷重制限の数値らしいので、要は、間違いなくこの鉄橋は「佐久間ダム建設のため」「鉄道用に」造られた、ということですね!

資材輸送線跡(クリックで拡大/解除)
こちらは、レールパーク横の駐車場の隅。中部天竜駅構内からの資材輸送線路はおそらく赤い線の辺りを通っていたのではないかと推測できます。なんか電線もありますしね。


中部交差点(クリックで拡大/解除)
さて、鉄橋を渡ると中部天竜駅入口(写真下)と、中部(写真上)の2つの交差点が出現します。
なんでこんなところを・・・なんて思う方も居ると思いますが、面白いのは名前。

鉄橋→中部(なかっぺ)大橋
駅→中部(ちゅうぶ)天竜駅
字名(交差点)→浜松市天竜区佐久間町中部(なかべ

なんと、ここに集中する「中部」の読み方が全然違うのです!
元々「なかっぺ」という地名だそうで、中部天竜駅も元々「なかっぺ」天竜駅。戦時買収・国鉄化の際に「ちゅうぶ」になってます。
それが何故「なかべ」に変わったのかはよく分かりませんが、たかが2文字の漢字がこうも違う読み方で集中している場所も珍しいでしょ?w

あ、ちなみにダムはこの山の向こうです。高い・・・。


中部天竜駅を鳥瞰?(クリックで拡大/解除)
さて、中部交差点で国道473号から独立した静岡県道1号をひたすら歩いていくと、早速、中部天竜駅付近を綺麗に眺めることができます。
交差点から15分ぐらいしか歩いていないのですが、その15分でかなりの高さを稼いでますからね。
ちなみにB型鉄橋という名前はここから見る景色の通り、「B」の形そのまんまだからですw

最初のトンネルとその中(クリックで拡大/解除)
そのビューポイントを過ぎると、出たよ一本目のトンネル!! しかも素掘り!!
前後の入り口は補強されてますが、中は昭和中期に貫通したときのままの状態。これがトンネルの真髄だよ・・・。
「山行が」さんによれば「佐久間4号トンネル」と言うそうな。ここから4本のトンネルを通っていきます。
でも、洞門(壁に穴が開いてるトンネル)があったりするので、感覚的には3本というところです。


次のトンネル(クリックで拡大/解除)
こちらは、2本目を出たところの道と、3本目のトンネル。
「山行が」さんで書いてるように、トンネルの上の額?が広い・・・w

歩いた日は秋にしては暑い日でしたが、トンネルの向こうから吹き降りてくる風はかなり涼しく、汗ばむ体を清涼剤のように包んでくれました。とてもいい風でした。
・・・が、平日だからかダンプがひっきりなしに通るもんですから、結構怖かったです(つД`)
中を歩くと初めて分かることですが、車の音ってトンネル内に相当響くものなんですね・・・。こう、何かが襲ってくるような感覚になります。

そんなこんなで4本目のトンネルに入ると、何とトンネル内に「展望台」の案内があるので、行ってみると・・・


展望台から見た佐久間ダム(クリックで拡大/解除)
ふ、ふつくしい・・・
これが佐久間ダムだ!!
なんというか、重力式コンクリートダムって感じでいいですね☆(もっといい表現はなかったのか自分・・・)
おそらくここが佐久間ダムを一番しっかり見れる場所だと思います。

謎のANA(クリックで拡大/解除)
ただ、ダムの横の断崖に忽然と姿を見せているが気になりました。詳しくは「山行が」さんのほうが詳しいですよ!


ダムの風景(クリックで拡大/解除)
いよいよダム本体へ。中部天竜駅から1時間もかからずに到着してしまいました。
写真下のように、前はバスがあったようですが、今はもう無いのかな?

今回の訪問では、台風もあってか水位は割とあったのかなと思いますが、水位が低いと、もう少し上流では、ダムによって沈んだ飯田線(佐久間~大嵐間)の旧線が見れるかもしれないそうな。
その話も「山行が」さんで詳しく出ております。


両岸は別の県(クリックで拡大/解除)
さて、ここ佐久間ダムは静岡県浜松市と愛知県北設楽郡豊根村に挟まれており、さらにダム湖(佐久間湖)の湖面は遠く長野県まで達しているという、3県にまたがる稀有なダムなのです。
静岡県道1号は飯田富山佐久間線の名が示す通り、岸の向こうで愛知県道1号に変わり、その後長野県道1号となって飯田へと向かいます。
3県のトップナンバー県道がここにあるのも不思議な話ですがw、県をまたぐ県道は番号を統一する方針なので、このようになるようです。

ダムを上から・・・(クリックで拡大/解除)
そしてその佐久間ダム本体。すごく・・・高いです・・・

ちなみにこの写真右側・下のほうに、東三河人におなじみ豊川用水の取水路がありまして、「そういえば小学校の時に宇連ダムに来て、そんなことを勉強したなぁ・・・」と思い出しておりました。


電力館とそこからの眺め(クリックで拡大/解除)
そしてもう少し先に進み、坂を上るとJ-POWERの佐久間電力館があります。
ここにも展望台もあるんですが、ここから見るダムもなかなかオツなもんですよヽ(*´∀`)ノ
ちなみに入場は無料。ダムの仕組みとかも分かるので、大人の社会見学にはもってこいだ!
(ただし私と彼女さんは子供向けの体験型ゲームに夢中になってましたw)


というわけで、ダム巡りは30~40分ほどで終了。
また3kmの道のりを帰るわけですが、ゆるやかな下り坂なので割と楽に帰れました。ただダンプカーはやっぱり多かったですが(苦笑)


中部橋(クリックで拡大/解除)
ちょっと回り道をして、中部の街中を通って中部天竜駅へ向かう際、中部橋という吊り橋を通って行きました。
こちらは昭和12(1937)年竣工ということで、当然中部大橋より古いですが、今でも現役で十二分に活躍してました。
っていうか70年以上普通に使われてるってかなりすごい!?

313系1700番台(クリックで拡大/解除)
そして50分ぐらい歩いて、中部天竜駅に到着。
平日に来てしまった21日は、14:08発の上諏訪発豊橋行の313系1700番台で本長篠まで乗り、そこから車で帰りましたとさ。着いたのが11:19なので、滞在時間ざっと2時間50分。

っていうか、2年前のスタンプラリーでも思ったけど、
飯田線に313系は何か似合わない・・・。
彼女さんも同意見だったようです。



さて、今回は佐久間ダムとそこに続く道などを取り上げましたが、写真ばかりですみません(;´Д`)
自分は「山行が」さんにかなり影響を受けてるなぁ、と実感した今回の更新でしたw


そういえば以前、「ダムマニアは美的感覚に乏しい」と言ってる人をとあるブログで見たことがあるんですが(まあこの人の文面も知的とは言いがたかったですが・・・)、美的感覚と自然破壊はとりあえず無関係ではないかと。
完成しているダムに行って、それを美しいと思うのは人の勝手ですねw

まあ、自然破壊という点に関して言えば、ダムは無いほうがいいのは当然です。
が、昔の人々が昔の価値観で造った建造物に対して「自然破壊」というのは、少々酷かなと思います。

特に戦後間もない頃は、電力不足、治水問題など「今を生きる人々の生活」のために必死だったわけですし、それを否定することは、現代の生活がそれを基盤に成り立っていることも否定することになります。
少なくとも私の場合、佐久間ダムは地元・東三河の豊川用水に水を送ってますし、電気もつくっている。その点に関して佐久間ダムには敬意を表します。
まあ最近はダム好きも増えているようではありますけどね。


あと、ダムやトンネルは幽霊が出そうという意見も多々あるかと思いますが、まあ普通ダムやトンネルの工事って死者が出る難工事だっただろうから、それはしょうがない。
むしろ、そういう亡くなられた方に対して敬意を表さないが故に幽霊として出てくるのではないのかなぁ、なんて思ったり。
私はこういう難工事の末にできた建築物に対して、常にそういう方の存在があるだろうと思ってますし、だからこそ今こうやって水不足に悩まされなかったり、快適な道路を走れるのだと思っています。
要は、訪れる人の心の持ちようなのではないかな~、と。あと、私には霊感が全く無いことも理由の1つですw


それよりも佐久間にとって、レールパークという大きな観光資源が無くなり、ダムをメインとした観光になるのかもしれませんが、これから一体どうなるのでしょうか・・・?
今後も、この地域に幸多からん事を願わずにはいられない、そんなダム訪問でした。

しかし今回の記事はちょっと長すぎだ・・・(苦笑)


【次回に続く】
飯田線の一番熱い日【前編】 ~佐久間レールパークフィナーレ号撮影記(2009.11.2)
→飯田線沿線風景編・・・フィナーレ号の後に更新予定


【関連リンク(■)・過去記事(□)】
JR東海:佐久間レールパークの案内
今月の?佐久間レールパーク号:2009年10月(最後だよ)(2009.5.19)
117系が復活国鉄色で運転! 佐久間レールパーク号8月最終週(2009.5.19)
佐久間レールパーク、閉園へのカウントダウン(2009.5.19)
飯田線スタンプラリー制覇の旅・完結編(3)~70年のその先へ~(2007.10.4)
関連記事
[2009.11.01(Sun) 02:22] 2008~2009年のおでかけ | Trackback(-) | Comment(-)
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