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リストマーク フィナーレを迎える佐久間レールパークに行ってきた【リベンジ編2】 

2009年10月31日 ()
J-PHONE懐かしい・・・>挨拶
一時期私の周りがほぼJ-PHONEだった時代もありました。どうも、べるくです。
しかしVIPPERはノリがいいw


中部天竜駅前(クリックで拡大/解除)
さあ、今回も佐久間レールパーク訪問譚ですよ!

【これまでの記事】
もっと頑張りましょう編:平日に行ってしまって入れなかった話
リベンジ編1:展示室や中部天竜駅の風景

今回は、全部ではないですが、展示車両の風景を中心に。
・・・といってもつらつら写真を並べるだけになってしまったっぽいです(;´Д`)

まあ、細けぇことはいいんだよ!的なノリで読んで頂ければ幸いですw

まず車両展示エリアに入って目に入る光景がこれ。

クハ111、キハ181、キハ48000(クリックで拡大/解除)
右からクハ111形(クハ111-1)キハ48000形(キハ48036)キハ181形(キハ181-1)の三並び。
東海道本線をよく使っている私としては111系の湘南色が一番思い入れがありますね。(というか113系ですが)
昔レールパークに来た時はそんなに珍しくなかったこの色も、今では貴重な色になってしまいました。18年の月日というものを実感します。


クモハ12054、ED11 2(クリックで拡大/解除)
そしてその奥には、クモハ12形(クモハ12054)(右)とED11形(ED11 2)(左)。
上の3両と違いこちらは戦前の製造なので、やはり茶色。
昭和30年代ぐらいまで茶色ばかりだったわけですが、デザインが多様化した現代においては逆に落ち着きと高級感のある感じがたまらなくグッドだったりするのですよね。

そして下がクモハ12054の車内の写真。元首都圏の車両なのでロングシート。
網棚が本当に「網」だったり、内装に木材が使われていたり、現代ではありえない構造もいいですね。

クモハ12054、ED11 2(クリックで拡大/解除)
そしてクモハ12054では運転台を覗くことができました!
気になったのは、柱に貼り付けてあった春闘のビラ
労組名は何故か削られているのですがw、文字数的に国労かな?
81春闘なので1981年だと思いますが、労組解体が分割民営化の原因の一つであったことがうなずけてしまいますね。


ED11 2側面(クリックで拡大/解除)
そしてこちらはED11 2の側面。
大正時代にアメリカからサンプルとして輸入されたこの機関車は、「田」の字のような窓枠が特徴的。
製造年などを書いた銘板も、もちろん英語でした。


ED11 2とED62 14(クリックで拡大/解除)
そしてその横には、ED62形(ED62 14)が置かれてました。
昭和中期からの直流電気機関車の標準色である青色も、ちょっと前まではEF65などで見れましたが、この国鉄電機色というべき青も過去のものとなりつつあります。
ED62は平成に入ってからもしばらく飯田線貨物輸送に使われていた機もあったので、まだ活躍が記憶に残っている方も多いことでしょう。
ただ、ED62はJR東海博物館には移されないようで、ここで余生を送るのかどうかが気になりますね・・・


クヤ165-1(クリックで拡大/解除)
こちらは教育・訓練用として食堂車を改造して造ったクヤ165形(クヤ165-1)
食堂車の窓配置がそのまんまで、すぐ種車が食堂車と分かりますw
下は銘板。製造:近畿車輛、改造:浜松工場と書いてありました。私は特に国鉄ヲタというわけではないのですが、「日本国有鉄道」という言葉の響きがなんとなく甘美な感じがします。
人間というのは過去を美化したがる動物なんですね、ええ。


スニ30 95とソ80-180(クリックで拡大/解除)
お次は荷物車スニ30形(スニ30 95)と、事故救援用操重車ソ80-180
荷物車スニ30のほうは中を見てみたかったんですが、非公開なので残念。
一方のソ80ですが、これは事業用の中でもかなり特殊ですし、見れてよかったなと。現在ではクレーン車が道路から救援しますしね。
ただ錆が結構目立ったのが残念。そりゃ博物館の雨風しのげる場所のほうがいいよなぁ。


モハ52004(クリックで拡大/解除)
そしてこちらは私個人的に一番好きな車両であるモハ52形(モハ52004)
10月の特別公開車両だったので中に入れましたが、戦前に流行したこの流線型もさることながら、その内装もこれまたイイ!


モハ52004の車内風景(クリックで拡大/解除)
つり革なんて、支柱がさりげなく描く曲線美がまたカッコいい。機能美あふれるデザインで、これがもうたまりません・・・。
そしてボックスシートに座って外を眺めると・・・そこはもう完全にタイムスリップした世界。山あいの静けさと絡み合って、これまたとてつもなくいい雰囲気を醸し出してくれます。


さて、若干紹介してない車両もありますがw、長くやってきた車両紹介もこれが最後。
9月からフィナーレまでの約2ヶ月だけ展示されたこれ!

DE15 1541(クリックで拡大/解除)
そう! ラッセルラッセル!
DE15形ラッセル車(DE15 1541)です。
現役の車両ではあるのですが、初めてラッセル車を見ました。塗装もきれいに施されておりました。

DE15 1541(クリックで拡大/解除)
これを見るまで知らなかったんですが、ラッセル車って機関車と完全に固定されてるんですね。貨車みたいなものだと思ってたので・・・
まあ歴史的ではないですが、事業用車は珍しいので、レールパークで展示する英断をしたJR東海はなかなかやりおるわ・・・と思いましたw


レールパーク引込み線(クリックで拡大/解除)
さて、この先は柵で覆われておりますので行くことはできませんが、レールパーク内に続く引込み線が、佐久間駅方に続いています。
信号がちゃんと点灯していることから見て取れますが、車両の入れ替えなどは全てここでやってます。現役の線路なわけですね!


レールパーク入り口(クリックで拡大/解除)
さて、展示室と車両を一通り見て、だいたい2時間強ぐらいでしょうか。あっという間に過ぎていったような気がします。
出口(=入口)ではグッズ販売コーナーがあったので、ちょうど残り2点という0系新幹線ピンズと、佐久間とサクマドロップスとかけた「佐久間ドロップス」を購入。
JR東海さんは、新入社員ぽい人も応援として呼んで、販売をしておりました。こんなに商魂たくましい東海様は久々だ!w

しかしこれでもう佐久間レールパークに来ることはできないんだな・・・という寂しさも感じつつ、駅でスタンプを押し、駅を後に。
そんなこんなで私達は2時過ぎにここを出て、この3日前に私が徒歩で行った佐久間ダムへと車で行くことにしました。
それはまた次回ということで!

最後に一言。「佐久間レールパークよ、ありがとう!」


【次回に続く】
徒歩でダム編(2009.11.1)
飯田線の一番熱い日【前編】 ~佐久間レールパークフィナーレ号撮影記(2009.11.2)
→飯田線沿線風景編・・・フィナーレ号の後に更新予定


【関連リンク(■)・過去記事(□)】
JR東海:佐久間レールパークの案内
今月の?佐久間レールパーク号:2009年10月(最後だよ)(2009.5.19)
117系が復活国鉄色で運転! 佐久間レールパーク号8月最終週(2009.5.19)
佐久間レールパーク、閉園へのカウントダウン(2009.5.19)
飯田線スタンプラリー制覇の旅・完結編(3)~70年のその先へ~(2007.10.4)
関連記事
[2009.10.31(Sat) 04:28] 東海地区の鉄道関連 | Trackback(-) | Comment(-)
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