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2006年12月16日 ()
「AAA」の新曲が全然サムライっぽくない件について。>挨拶
(何となくテレビ見てたら出てた。ぶっとばしますよ?)
更新途切れてすみません。

14日、同じ町内にいる親戚の亡くなったおばあさんの葬儀を執り行いました。
初めて主催側に回って参加したわけですが、どちらにしても葬式と言うものは色々と考えさせられることが多いわけで。
そして初めて知ることも多々あり、いい勉強の機会になりました。
何せ自分の家のルーツも知ったもんですから。

とりあえず10日日曜に、人生初の礼服をこしらえてきましたw

<てなわけで、長くなるので続きは下をクリッククリック>
(なお、一部ウチの地域特有のものがあるかもしれませんので、その点ご了承下さい)

今回は、通夜前の納棺から同席しました。
ご遺体をアルコールを浸した布で拭き、白足袋や白装束なんかを着け、副葬品と共に棺に入れました。
死に顔というのはちょくちょく見ますが、遺体にドライアイスを載せていたのが何とも形容し難かったです。
副葬品は、燃えないものだったら入れていいということでした。これも時代の流れで、環境に配慮するんですね。

家から棺を出すのは縁側からなのですが、縁側は死人の出口だから普段の出入りは(洗濯物を干すとかは別にして)するもんじゃない、ってのがよく分かった気がします。
私も棺を持って、外に出しました。

さて、今回通夜と葬儀で、私は受付を任せられました。御香典を預かる身なので、責任も重大。
で、そもそも御香典御霊前御仏前などの違いが正直分からなかったのですがw、
・御香典:通夜、葬儀に出す
・御仏前:葬儀より後、仏様になってから出す
・御霊前:神仏問わず使用できるらしい
・御玉串料:神式
ってことなんですね。ホントよく分かってませんでした。
で、金額は基本的に奇数ですが、一部偶数字の金額も。あれは2人分とかそういう意味なのだろうか…?

香典の出し方ですが、今回は形式にこだわるような人は少なく、男性に至ってはポケットからくしゃくしゃにして出してる人もw
地元民ばかりなので、そうかしこまる必要もないのかなぁ、なんて気もしました。

あと、焼香で額に持ってくる回数ですが、1~3回ではあると思うんですが、後にたくさん並んでる時は1回だとか、普通は3回だとか、2回でもいいとか、もう一体どれやねんとw
まあ、故人を偲ぶ気持ちさえあればいいのかな、なんて思ったり。

そういえば初めて知ったのが「御淋見舞」なるものの存在。ホント知りませんでしたw
死に際にお見舞いに行けなかった場合にあげる、ということですが、基本的にお菓子で、かさばるとあれなので時に現金もある、ということみたい。

私が気付いたのはそれぐらいですが、基本的に普通の葬儀と変わりません。ただ、細かい部分が地域によって異なる部分があり、ウチの町内でも東西で一部の方法が違うという、もう細かすぎて何がなんだか分からない状態w
ただ、主催側という視点が普段無いもんだったので、非常に勉強になりました。


また、家族や親戚、更にはご近所まで、普段あまり話せなくても、こういう場では改めてそういった人との繋がりが大事だなぁ、とつくづく思いました。
家族や親戚にしても、こういうことでゆっくり話をする機会になりますし、ウチの町内は田舎なので、近所付き合いという意味では、葬儀もご近所付き合いになりますし。
都会の人からすれば面倒なだけかもしれませんが、こういう田舎くさいところ、私は好きですね。


それにしても、葬式というのは本当に色々と考えさせられる部分があって、亡くなったおばあさんの死に顔や涙する親戚を見ていたら、何とも言いがたい気分になりました。

私自身、「死」に対してはあまり悲しいことと思っていません。
キルケゴールの著書「死に至る病」では、「死に至る病は絶望」と言っています。そして「絶望は罪」とも言っています。
結局のところ、「死を想像すること」が怖いわけで、それは「死に至る病=絶望」と同義なのではないでしょうか。
なので、死を絶望的に考えてもしょうがない、そんな風に私は考えています。

ですが、それは自分の死についてです。
他人の死、特に身内の死に対してはそんな風に割り切ることはきっとできないでしょう。
でも、結局それを想像したところで、あるのは絶望だけなので、あまり考えないようにするしかないのかなぁ、と思います。

一つ言えるのは、「生と死は紙一重」ということ。
結局常にそれらは表裏一体にあり、葬式ではそれを確認するのも重要な要素なのではないでしょうか。
だからこそ、生きとし生けるうちは、精一杯生きておくしかないんでしょうね。


話は変わりますが、日本人は基本的に仏式の葬儀が行われますよね。
まあ、それが一番無難ではあるんですが、私は基本的に仏教は信仰しないのでw、私の葬儀では神式か簡素な式にしてほしいなぁ、と思いました。
私の信条的に、念仏を唱えていれば極楽浄土に行ける(浄土宗?)とか他力本願的なのが嫌なので、まあ信じるとすれば八百万の神々ですかね。

仏教にしても色んな宗派がありますし、四苦八苦とか言うような考え方はむしろ好きなので一概には否定しませんが、私は古来からのアミニズム的神道のほうが好きです。

というか、私が死んでからも周りに苦労はかけたくないので、葬式は正直してくれなくていいと思ったりしましたw
それよりも全国の葬式を調べて、民俗学的見地から葬式の様相を研究してみたいと思っていました。


最後に。
冒頭に言いました自分の家のルーツですが、そもそも今回亡くなった方のいた本家筋ですが、私の祖父(父方)の父が本家から分かれたみたいです。
そして更に辿っていくと、元は三重県で漁師をしていたらしい。何気に衝撃の事実w
私の苗字はすごくありきたりなので、きっと農民で適当にお寺の人から苗字をもらったんだろうな、と思ってましたので…。


というわけで、葬式の雑感をつらつらと書きなぐりました。
余談ですが、葬儀の後、香典の帳尻が一発で合ったので、非常に気分よく帰ることができました。
お金のことでゴタゴタしたくないですからね。よかったです。
さあ、明日からも頑張ろう。
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[2006.12.16(Sat) 04:43] 長文雑記・自己紹介Trackback(0) | Comments(0)
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