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リストマーク 戦後60年は長いか短いか 

2005年08月09日 ()

今日、とある戦争資料展に行ってまいりました。

色々興味深い展示があって、かなり見入ってしまいました。

愛知県の東三河地方は、結構な軍都として栄えたところがあって、豊川市は旧海軍の、東洋一と謳われた軍需工廠がありました。

また、豊橋市は旧陸軍の第15師団が明治~大正期に存在したなど、まさに軍都として栄えたのです。

さて、今年は丁度終戦60年ですが、皆さんは60年という月日をどう感じますか?

私は、今日の展示を見て、「つい60年前」という感覚がしました。錯覚かもしれませんが。

何というか、あの戦争は「歴史に埋もれた話じゃない」、と。

女子挺身隊の女の子(実際16、7なのだから女の子でしょう)が書く日記が、現在の口語体と同じで、本当に普通の、ごく日常的なものだったことが印象深かったでした。

昭和20年の定期券というものを見ても、正直、高校時代に私が使ってた豊橋鉄道渥美線というローカル線のものと、たいして変わりがないのです(笑)

(今はどうだか分かりませんが、だいたい98年とか99年ぐらいは)

 

戦前は暗くて、皆「お国の為に」って死んでいって可哀想、自由が全然ない・・・そういうイメージを持ってませんか?

たぶん、そんなことはないのではないでしょうか。

そこには、ただ一生懸命に生きた人たちがいて、それは現代と何も変わってなく、きっと本当に現実を生きていたんだと思います。

戦争は確かに最悪です。ドイツの古い軍人・クラウゼヴィッツの有名な定義である「戦争は政治の延長」であったとしても、戦争は最悪の手段です。

しかし、そんな戦争に真摯に向かい合い、それでも日々を生きていた人たちを、

「可哀想」「国が悪い」「戦争は人を変える」「だから平和が一番でしょ」

などと言うことが出来るでしょうか。

私は、反戦平和をむやみやたらと主張するのではありません。武力は持って然るべきだと考えています。

かといって、戦争を肯定するものでもないのです。平和を望むのは当然です。

先ほどの通り、戦争は最悪の手段です。しかし、力はただ力、それをどう扱うかが問題であって、私は「守る」為に武力を持つべきだと考えます。

ともかく、ただ1つ、私が言いたい事は、当時の人たちが思い、考えていたことは真実そのものであり、それを現代の勝手な解釈で扱うことは、あってはならないことだと思うのです。

あの戦争で、たくさんの人々を殺した。殺された。それでも人々は、生きてきた。

その事実を受け止め、これから私たちが進むべき未来を模索していくべきではないでしょうか・・・

8月は鎮魂の季節です。ひぐらしの鳴き声と共に、あの戦争で亡くなった方々のご冥福をお祈りしていきたいと思います。

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[2005.08.09(Tue) 23:53] 気になるニュースTrackback(0) | Comments(0)
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