2012-03-12 01:27

すぷりんぐうぃる ~one year after~

今年も九州行ってきます。>挨拶
ども、こんばんは、べるくです(`・ω・´)
まあ社員旅行なんですけどw


前々からブログ更新できない状態でしたが、ここ2ヶ月ほどは色々めまぐるしく事が動いていました。
努めていた店舗が改装につき一時閉店となり、2・3月は松戸から本社のある蒲田まで通う毎日でした。
ちなみに、本社でも弁当男子が定着しましたw

そしていよいよ3/16(金)に、うちの文具店もリニューアルオープンするということで、今までに無い雑貨やアイテムを取り入れたり、什器とか商品とかも店長と考えたり選らんだりして、なんとかオープンまでこぎつけそうです。
中規模な会社ながらも、首都圏の駅ビルに結構出店してる会社で、この会社で頑張っていこうという決意がこの2ヶ月弱で固まった気がします。


そして3月11日を迎えました。
1年前のことを思い出すと、今の自分がここに居ることが今でも不思議な感じがします。
3月1日に松戸市民になった直後。
3月11日に、知り合いのほとんど居ない中、アパートで独り震災と対峙しました。
もちろん、地元の友人など色んな人と話をしたりして、独りで全部を背負わずに済みました。


今だから話せるんですが、個人的にはその後の展開のほうが衝撃的でした。

実はその数日後に、mixiでさりげなく覗いた元カノのアカウントで、自分より先に元カノが新彼と一緒に関東へ引っ越してきていることを知ったんですよw
悔しくて仕方がなかったです(;^ω^)

だって、東海地方はあいつと色んな場所に行き過ぎて、思い出ばっかりで辛かったです。
だから関東に来たってのはかなりウェイトを占めてます。

それにおれと別れた当日から別の男と付き合うような元カノと、それをホイホイ吊り上げてのうのうと生きてる新彼どもを見返してやりたくて来たのもあるのに、それらの前提が崩れちゃうんですもん。

なんか新彼が昔ミュージシャンで、関東でもう1回始めてみたいんだってw
フリーターのことは認めなかった元カノのオヤジ、なんでこいつのミュージシャン再開に着いて行く元カノを止めなかったのか理解不能w


でもね、今となっては感謝してるんですよ。元カノに。
まあアイドルとか鉄道とかの趣味活動が充実したのも大きいですけどw、何より自分が成長できたから。

自分にとっても震災と元カノのことは、割と堪えることでした。
さっきも言いましたけど後者は本当に衝撃的で。
この当時は別れて1年数ヶ月ぐらいでしたが、本当にその当時もまだ引きずってましたから。
女々しいと思われてもやはり2年間の人生を共に過ごした人ですし、今でも、たぶんもう元カノと同じような付き合い方をする女性は居ないんじゃないかなと思います。


それでも自分は前に進むことが出来た。
元カノとあのまま続いていたら、たぶんおれはダメになっていたと思う。
それらのことを通して、その後今の会社に入り、店長になるために少しずつ頑張ってる。

接客販売は苦手だけど、うちは革製品とか時計もあって接客販売重視だからちゃんとやってるし。
人と接するのは苦手だけど、店長になるためには集団維持能力を身に着けないといけないし。

そして何より、元カノが居た時と一番違うのは、将来的なビジョンや目標が生まれたこと。
とりあえず直近の目標は、今の会社で店長になって、ノウハウを学ぶ。
中期的ビジョンは、地元である愛知で今の会社の店を持つ、あるいは自分で店を持つ。
長期的ビジョンは、地元で色んなつながりをつくっておいて、いずれ何かしら地元に貢献したい。

今の自分はまだまだだけど、それでも元カノと別れた2年数ヶ月前のおれに比べれば、成長していると思う。
あの頃は楽しかったけど、楽しいだけの時間はもう終わりなんだ。

っていうか、おかげで俺にも平成生まれの彼女とかできるチャンスが巡ってきたわけじゃないっすかw

もう元カノには未練は全くないです。昔のようにやるつもりはまったくありません。
俺の前に戻ってきたところで、何も変わってないままの女だったら消えてほしいです。
お互いに非はあったにせよ、別れた当日から別の男と付き合うような女だったんだなという認識しか今は持てませんしね。

・・・いやー女々しいですね(´・ω・`)


なんか震災から外れたような気がしますが、震災に関しては、正直自分に出来ることは何も無いという認識を持つことができた体験でした。
無力感に苛まれたこともありましたが、それは単なる自己満足ができないことの裏返しでしかないと気づきました。
今居る場所で、今の自分ができることをするだけです。

今のおれにとってそれは、普通に働いて、税金を納めて、それを有効に使ってくれそうな政治家を選んで、また働くこと。
たったそれだけのことですよ。

だから、おれにとって震災とは「がんばろう日本」というよりも、「がんばろうおれ」って感じ。
悪いけど、まだ日本全体にがんばれとは声を大にして言えない。

今できなくても、今後何かできるようになればいい。
まだその時期じゃないだけ。


無力感に苛まれるために震災を記憶するわけじゃない。
悲しみを共有するなんて、そんな大それたことをできるとは思ってない。
今すべきこと、できること、しないことを考えるための記憶だとおれは考えてます。

それに、次はおれが被災する番かもしれない。
明日死んでも悔いが残らない生き方をしないと。
それで生き残れたのなら、きっとそれは何かしろという思し召しじゃないかな。


最後に、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
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